しかし私は「朝練」と言う言葉に非常に違和感を感じていた。
それは、
朝練=公道を法定速度以上で走ることを目的とした集団。
と言う感じを受けているからだ。
こんな事を言うと「また説教か?(苦笑)」と思われるかも知れないし、「んじゃーてめーは速度違反したことないんかい!」って言う声も聞こえる。たしかに私も峠に行って制限速度40のところを3ケタで走ったりはします。停車中の車の横をミリ単位ですり抜けもします。しかも毎年と言っていいほど捕まってます(^^;
でもね、でもね、全然説得力ないかも知れないが「ブラインドコーナーで車を抜く」ような走りは単なる「無謀」でしかないと思う。
朝練で死んだ人なんていないのでしょうか?
もしいなくても「いつか必ず起こる」ことではないでしょうか?
天涯孤独のライダーが一人でコケて逝ってしまうならまだしも。。。
ねぇ。。。
それから「朝練」の「練」って「練習」の「練」でしょ?
ではその方々の「本番」は何のだろう?とも思う。もし本番が「サーッキット」であるならそれもおかしい。確かにサーキットで練習するには時間や金に余裕がないと無理とは思うが、サーキットで走ることが好きな人が公道で危険を楽しむような走りも「楽しい」と思うのだろうか?
・峠(公道)で速い人はサーキットの何倍もの危険(リスク)をしょって走ってる。
それは「速くなりたい」以前に「危険愛好家」なのではないだろうか?
GONさんの「何故バイクが楽しいか?」の解説にも近いことが書いてありますね。私も「危険が楽しい」の意見には全面肯定派ですが、「よりいっそう危険を求める」となると疑問です。
それは単に自制心に歯止めが利かず、エスカレートしていてるだけではないだろうか?
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10代、20代、30代と私の走りは代わって来た。特に「どこまでが安全か?」に関してはだんだんその制約事項が多くなり、足枷が多くなったと思う。それが歳をとった証拠かもしれない。
朝練してる方々に言っておきたい。
「今日のその日々を無事に生き残り、歳をとり、足枷が増える事を心から祈ってます」
「おじいちゃんも昔はむちゃやってたんよー」と孫に語れるように。
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