「その日事故るかどうかは実はエンジンをかけた瞬間に決まってる」と言う事をご存じだろうか?
読者がより長く安全に二輪を楽しむための布石になれば幸いである。
この事故のあとがどうなったかは本題でないから割愛するが、このような普通の事故でそれが何故起こったか?またはどうすれば避けられたのか?はたまた何対何でどちらが悪いのか?などといといろと盛りだくさんの展開ができるが、今回の話で言いたいのは「どうして急ハンドル切るような車の後ろを私が『たまたま』走っていなければならなかったんだろう?」という事だ。
この日の事故の事故現場は自宅から約100km、時間にして2時間程度。steve(久留米時代のsteve)に着く目前であった。
その道のり100kmのうち、何度信号を渡っただろうか?その内のどれか1つの信号が赤か青ならこの事故は起きなかったのである。そう、
「事故が発生するそのピンポイントの場所に10秒、いや5秒ずれて通過しておけば事故らなかった」のである。
つまり、自宅でDucatiのエンジンをかけた瞬間どころか、その日の朝、何時何分何秒に目が覚めたか?
その時点で「今日は事故る日」になってしまっていたのである。
(え?結果論だって?ふん、ま、黙って読めや、その結果論をどう解釈するかが鍵なんだ)
事故が起きた時を思い出してみればいい。「あの時あの車が」とか「朝、セルが1発でかかっていれば」といくらでも回避できたはずなのに、その日、その時の走りは全ての事象が事故ピンポイント現場(point0)に向かっていて、あなたは一心不乱に全力でそこを目指して走っていたんです。
1時間も2時間も、ドンピシャのタイミングを目指して。
これを運命悪戯(いたずら)と言うか不運とかアンラッキーだけで片づけてしまうのは非常に安直である。
「絶対に避けられない事故だった」と言えるライダーなんて1人もいないのだよ。
たとえば峠を走っていたら対向車線からいねむり運転の車がオーバーランして事故った。そんな場合でも避けられなかったとは言えない。
もちろんこの場合は法律的(責任的)には10:0で車が悪いでしょう。(10:0は滅多にないけど)
でもね、その事故で一生車椅子生活をすることになった時、あなたは
「うん(^^)、馬鹿な車がいてねー、寝てるんだよ!まいったよ〜(^^;」と笑顔でいられますか?
「金も保証もいらんから僕の足を返してくれ!」と懇願するはずです。
もうその時点では「相手(車)が悪かったから」や「運がなかった」だけの問題ではなく、「事故さえ起き
なければ・・」との思いを抱くはずである。一生。
そう、どんな事故でも避けられたのです。それは、もしその日、エンジンをかけてpoint0までの間で
ここまで書くと「じゃ、なにかい?法定規則をきっちり守って教習所走りをしていれば事故に遭う事はないって言うのか?」と言う輩もいるだろうが、そんな頭の悪い読者はいないだろう。
(法定規則を「守らない」方が安全な場面はたくさんある。ま、この話はまた別の機会に話そう)
私が言いたいのはこういう事だ。
「もし、黄色信号で交差点を走り抜けた時はその日は自宅に帰るまでずっとその事を『後悔』しながら走れ」と言う戒(いまし)めを持て。と言う事なのである。
後悔でも懺悔(ざんげ)でも背徳でもなんでもいい。
とにかく気持ち的に「今俺はポイント0へ向かっている(かもしれない)」と言う恐怖心を持つ事だ。
そうすればその後の走りが変わる。
いつもより何倍も神経を集中させ、車の挙動、気配に気を配る走りに変わる。
「運命を変えることが出来る」
もちろん制限時速40kmのところを40km/hで走れとは言わない。ま、60km/hで走るのは普通だが(言っちゃいけないが(^^;)、もしそこを普段よりスピードを出して100km/hで走った時。その後に「もしかして事故が俺を呼んでいる(待っている)」と思えばいい。
くどいようだが100km/hで走ってる最中のことでは無い。そこから50km先、100km先に事故が待ってるんだと。
どんな事故でも後悔するのはあなたなのです。相手が居眠り運転でも。
少し無理して走った時、少し強引な走りをした時、今回のコラムを思い出して頂ければ幸いである。
/===95'M900BlackFerrariDESUMO DUE2001.09.2025160km& LEGACY B4(BE5C) 1400km===/
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