二輪魂

遙かなる高みを目指し、もがき苦しみながら
Monsterを走らせ続ける男の挽歌

第二十八輪 宿

□コメント
全国ツーリング中に泊まった宿の思い出を綴った作品。
野宿は除く(書ききれないので(^^;)

金の話や危険区域の話やら、堅い話が続いたのでの今回は楽に読めるテーマを選びました。

ロンツー(ロングツーリング)にとっては避けられない「宿泊」。
「今夜寝るところはどこにしようか?」そんな悩みこそ「旅」冥利ではないだろうか?
そこで今回は今までの私のツーリングで思い出に残る「宿」を紹介しよう。

注)野宿やテント話を含むと書ききれないのでそれらはまた別の機会に。


□本文
宿と言うと二輪魂11話で述べた恐怖の布団部屋宿泊などは強烈な思い出となっているが、一番思い出になっている宿といえば知らない人の民家に泊まった(泊まらせて頂いた)事だろう。

400ccで初めてのロンツーである日本縦断中にそんな経験をしたことは非常にラッキーだったとも言える。なんにしても20年近くたった今でもその方と年賀状のやりとりが続いているのだから。


1983年8月日本縦断3泊目。富山県富山市。午後7時ごろ。
朝6時に鳥取砂丘を出ていっきに富山まで(何キロある?450〜500かな?)国道をひた走り、富山までやって来たのはいいが、なかなかテントを張れるような場所が見当たらず、郊外をうろうろとさまよい、「しかたない、この小学校の運動場の隅で寝るか・・・」と踏ん切りをつけたが、ようやく暗くなった時間程度でテントを張ってもですることないし、怪しまれるのもイヤだったので夜10時ぐらいまで時間をつぶそうと喫茶店を探すことした。

しかし居心地のよさそうな喫茶店は周囲にはなく、食事処の看板にやっと[coffee]の文字を発見し、あきらめて店内に入った。引き戸をガラガラと開けて入ると、店内は思ったより明るく、清潔そうで結構広めだったが、そこはまさしくおやじとおばちゃんが経営しているよくある定食屋そのものであった。でもボロボロになった漫画本もいっぱいあるし、客は私以外に1人しかいなかったし、時間も潰せそうであった。

腹は減ってなかったのでコーヒーを頼み、ボケーっとしているともう一人いた客(歳のころでは40代後半か50代)のおじさんが「んじゃー」と言って勘定を払い出て行ったため店内には私一人になった。おばさんも話し掛けてくる風でもなく、私も相変わらずボケーっとしていた。

しかしその静寂は一瞬にして破られた。

それは先ほど勘定をすませて出て行ったおじさんが勢いよくガラガラガラ!と引き戸を開けて戻って来たのだ。忘れ物でもしたのかな?程度の気持ちで私はおじさんを見ていたが、そのおじさんは私をまっすぐ見つめていた。そして言った。

「兄ちゃん!、兄ちゃん、福岡ってあの福岡から来たんかい!」と大きな声をあげた。

「あの福岡」の「あの」とはどこかわからないし、しかも何故そんなことを聞くのか?何故福岡から来たことをしっているのか・・・・あ、ナンバープレートを見たのか、と思って私は
「えぇ、・・・・そうですけど・・」と少しの笑顔で答えた。
するとおじさん。「はぁー!バイクでねー!凄いねー」ときて、とんとんと話は進み、今日はどこに泊まるのか?と聞かれて、私は照れながら(さも何でもないように見栄をはって?)、○○小学校の運動場にテントを張ると告げた。するとおじさんはさも驚いたようで
「それはいかん!いかん!私んとこ来て泊まんなさい」と言い出した。

これはありがたい!と思って早速ついて行くことにした。


って、そんな事できるわけがない(^^;
怖いにきまってるじゃん、見ず知らずのおっさんの家に泊まれだと?こえーって、絶対(^^;
しかもそのおじさんの風体は私の苦手とする季節肉体労働者っぽく、ごつい感じをもっていたからだ。

当然私は躊躇(ちゅうちょ)した。
「来なさい」「いえいえ(^^;」の押し問答が何回か続いていたとき、店のおばさんが見かねて言った。「うん、そうしなさいよ、常連さんでいい人よ(^^)」と。
その一言で結局(気は進まなかったが)そのおじさん宅へ行くことになった。

フル装備のバイク(乾燥200kg+装備)を押しながら暗い住宅街を不安を抱えながら歩いた。

200mほど歩いただろうか?普通の一軒屋の前でとまり、バイクを玄関先にとめ中に入る。私の不安は続いていたが、それは中に入った瞬間に消えた。
玄関を開けると奥さんと子供が出迎えてくれたからだ。(ほ、普通の家庭だ(^^)、良かったぁー人がいる)そんな気持ちだった。事前に聞きはしなかったが家庭持ちのおじさん風に見えなかったのです(笑)
家の中に入り、居間に通され、夕食をともにし、お風呂を頂き、子供(中学1年)と遊び、布団をあてがわれ、なんと翌朝にはおにぎりまで持たせてくれた。

・・・旅って、旅って、・・・これが旅ってことなのか・・・・・・

感動を覚えつつ、深く感謝をして東北へ向け出発した。


いかんいかん、1つの宿でこんなに書いていてはマジ腱鞘炎(けんしょうえん)になる(^^;
(右親指付け根が痛い(TT))って事でこれからは少々省略して話を続けよう。


北海道に無事に着き、札幌は初めて見る街だと言うのに観光することも考えず、札幌駅の写真だけ撮って観光案内所に行き、「一番安いところ」で紹介された宿は凄まじかった。駅前からすぐそばにあったその宿は宿というにはおこがましい、なんと言うか捕虜収容所みたいなところで、後から考えるとどーもなんと言うか飯場(はんば)と言うか、とにかく灰色のビルの中に入るとリノリウムの床と白い壁、部屋に入れば両サイドに2段ベットの4人部屋。まるで寮。
というか生活空間ではなく「寝るだけ」の部屋。
さらに4階建てはあったと思うがそんな部屋が廊下沿いに何十と整然と並び、怖いことにまたその日の客は俺1人のようだった(苦笑)。そのくせ夜中に遠くの方からペタペタとスリッパの音が聞こえるのが恐怖感をあおる(^^;
翌朝、前金制だったので誰にも告げずに逃げるようにチェックアウトしたのは言うまでも無い。


ユースは安いから時々利用していたが、北海道3大○チガイユースと知らずに泊まった襟裳(えりも)。なにが○チガイかって言うととにかく異常にテンションが高い。夕食後に体育館でフォークダンス大会かなんか知らないが毎晩イベントがあって、宿泊客は強制参加となっている。
私はベットで布団をかぶりずっと隠れていました。体育館の歓声に耳をふさぎながら。


原付九州一周の時に立ち寄った旅館。ほとんど民家みたいな旅館。その時は友人と2人だったが、旅館の前に来て二人で顔をあわせ、「どうしようか?」と少し悩んでいたが、安さに負けて玄関をたたく。するとおばあちゃんが出てきたのはいいが、口がきけない方だった。食事はいるか?とか風呂は何時までだとかいろいろな身振り手振りの説明を、はいはいと受け応えしている私をみて友人は「おまえなんでそんなに(言ってること)わかるの?」と尋ねてきたので私は「うん、NewType だから」と言ったことを今でも覚えてる。(ガンダムネタ)


VFR400の女性とランデブーしたツーリングのことは二輪魂17話で紹介したが、彼女と別れたあと、私はとある民宿に泊まることにしたのだが、この時期(ちょうど今ごろ)は行楽客が多く、相部屋なら空いていると言われて全然かまわないと了解したところ、・・・6畳一間の部屋に見知らぬおじさんと二人きりで泊まることになった。相手がライダーとかなら話も弾むがサラリーマン風でもなく、出稼ぎの人っぽくもなく、ただのじいさん。そんな正体不明のただのじじさんと布団並べて寝ろってか(^^;話した会話は「電気消しましょうか?」の一言だけ。重い一夜でした(笑)


あとは・・・
・床の抜けそうな民宿。畳がふわふわしてるだもん。
・廊下の公衆電話が鳴る安宿(誰にとってもらいたいんじゃ(--メ)
・ドロドロの格好を見て露骨に嫌な顔をされたビジネスホテル
あ、それから忘れてはならないのが第4回MMeetingで前日に泊まった富士スピードウェイ「公認」の看板が掲げてある旅館(笑)、数あるロンツーの中でも結構上位のインパクトがありました(^^;

しかし思い出してみるとやっぱ変な所しか思い出さない。。。清潔で安眠できた宿の思い出なんかほとんど無いや。別にわざとそんな変な所を求めてる訳ではないのだが。。

ん?そう言えば四国1周の時。
・高知の宿で2階の部屋から眼前に広がる広大な太平洋と夕陽を見ながめていたら人工衛星(か、隕石)が燃え尽きて落下するさまを目撃した。あれは凄かった。
それからひらめの刺身が出てきた民宿があったなー、夕陽を見ながらを一人寂しく食べたひらめは、旅の情緒、いや、ソロツーリング、一人旅の情緒たっぷりでした。

やっといい思い出を思い出したところで今回はおしまい。

/===95'M900BlackFerrariDESUMO DUE2001.10.2025350km& LEGACY B4(BE5C) 1660km===/

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