【4日目】7月25日(1)(2)(3)
【4日目】7月25日 (1)
4日目:7月25日 鬼門、秋田へ
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作詩・作曲 甲本ヒロト 「旅人」
プルトニウムの風に吹かれてゆこう
桜のトンネルや悪魔の通り道
川を渡ったり山に登ったり
あらゆる探検やあらゆる冒険の登場人物に憧れて
旅人よ、 後ろには出来たばかりの道がある
導火線に火が付いたのはいつだったろうか
中学生の頃か、生まれる前か
爆発寸前の火薬のようなレコードが好きだった
旅人よ 、傾いたこの世界から転げ落ちそう
プルトニウムの風に吹かれてゆこう
世界のてっぺんに辿り着けるぜ
アイデアたっぷりやり方バッチリ
強烈なインパクト、第一印象で
みんな幸せになっちゃうような
旅人よ 、
計画通りにいかない事がたくさんある
(勝手に引用 怒られますm( )m)
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ブルーハーツを歌いながら朝焼けの中を走っていた。
私の日常生活に「早朝」と言う単語はない。
休日にバイクに乗るのもせいぜい朝10時出発なら早い方だ。
朝の峠は車が少ない=(気持ちいいor飛ばせる)
早朝走行、それも立派な危険回避の手段だろうけどその前にそんなわざわざスピード出す
ために早起きすんなよ、朝練が夜通夜にならんようにねー、それが自論。
とにかく朝日が昇る中を走ったことなどない。
あぁ、1つ思い出したわ。
17、8年前。7泊8日?の「みちのく〜下北半島外周ツーリング」の時だったかな?
どっかのキャンプ場でたった1人で野営し、夜明けにテントを残したままノーヘルで海岸線
の道路を走った記憶がある。(あえてその時はノーヘルで走ってみたかったんだ。許せ)。
そして、誰もいないことをいいことに、岸壁の展望台の手すりに登って朝日に向かって
タチションしたからよく覚えてる(笑)(失礼m( )m)
(でも生涯忘れることのできない爽快なタチションだった。落差30m?(^^)v)
朝日の中のツーリングとかそんな昔の記憶しかない。だから朝5時の情景は新鮮でもあった。
朝5時がいつもこうなのかそれとも今朝がこうなのかわからないが朝もやが発生していて
遠くの木々が黄色い水墨画のように映ってる。幻想的だ。
なぜ黄色か?それがよくわからない。まるで黄砂(春に中国からやってくる気象現象)
のような黄色い霞みで覆われていた。海が近いようで浜辺の砂のせいもあるのだろう。
この美しい情景にちょっと嬉しくなって路肩にバイクを停めてE−1を取り出した。
写真を撮ってると早起きのライダーとすれ違った。(05:25)
挿絵:http://www.koa.jp/ducati/Ferrari/Nippon4700km/sasie-07250525-asayake.jpg
今走ってる道は402号線。
新潟県柏崎市から新潟市までのたった86.5kmの短い国道だ。
写真を撮ってしばらく走ると同じ402号線でこれまたいい景色が広がった。
海、広い砂浜、そのすぐ横を砂浜に沿ってまっすぐな道が遠く遠くまで続いている。
砂浜と国道の間には段差もなく歩道もなく、ガードレールも木々もなく、木の杭と針金
でできたしょぼい柵こそあったがオフロード車ならそのまま海岸べたまでいけそうだ。
知らない道は1つ曲がり角を曲がる度に新しい景色が見れる。
それが下道ツーの面白いところだ。
柵が長く伸びる砂浜と直線の道路、そして朝日、曇り空だったから朝日の光で雲が美
しい彩りで輝いている。時間の演出も効いている。
早朝もいいもんだ。
24時間で一番いい時間だと素直にそう思った。
また路肩にバイクを停め、そこで10分ぐらいE−1を通して自然と会話する。
そう、カメラって奴はファインダーを通して自然と会話する翻訳機のようなアイテム
なんだ。無論、自然の発する言葉を綺麗に翻訳(撮影)するのは結構難しい、でもそ
こがまた面白い。
露出やホワイトバランスなどをつたない知識でカリカリ変更しながら没頭した。
あ、「カリカリ」ってのは露出補正ダイヤルを回す時の音です。
コンパクトデジカメだったら液晶メニューでピッピッっと電子音で設定変更しますが
一眼レフタイプはダイアル式で変更できることが多いです。はい。
短い402号線を抜けるといよいよ青森までの本線、「7」号線に乗った。
7号線は新潟県新潟市から青森県青森市まで474.3kmの長い国道。
たった今から約500km走ればいよいよフェリー乗り場にたどり着くことができる
わけだがそんな気力も体力もない。今日はとにかく秋田を目指そう。
寺泊〜秋田市内で300km、うん、今日はそんなもんでいい。今日は。
とにかく「7号線に乗った」ことでちょっとした達成感もあった。
この国道に乗ることは縦断中の区切り的なイベントであり、さっさと見つけた7号線
のおにぎり(国道標識)などを記念にゲットした。(07:00)
しかし朝5時前に出発してそろそろ2時間。ファミレスやマクドでモーニングなどを
食いたいと思っていたのだが全然影も形もない。そもそも今走ってるところがいった
いどのぐらいの「田舎」かもわからない。
更に1時間、どんどん7号線を北上。新潟県から山形県へ入った。
結局3時間走ってもファミレスがない。
そんなに田舎なのか・・・とほほな気分。
天気はガンガンに晴れてきてもう直射日光が痛いほどの熱さになる。
いい加減コーヒーが飲みたい・・・缶コーヒーでいい、朝5時からそう思いつづけてた。
新潟県から山形県へ、その県境、やっと開店営業してるっぽい道の駅「あつみ」に飛び込む。
30分ほど日陰になってる茶店に腰掛けて缶コーヒーを飲みながらGPS通知。
横に座ってる50過ぎのおっさんがなんたらかんたら話し掛けてくる。
はぁ、へぇ、と生返事。元気に相手してやる気分じゃない。
「中洲に○○ってスナック知ってる?あそこのママさんと私は同級生でねぇ、」
はぁ。。。
(知ったこっちゃねーって。
博多もんがみんな中洲に行ってると思うなって。
せいぜい年に1度だよ、俺は。
飲み屋のネーチャンとクソくだらない話して金払うならガソリン代に回すわ。。)
ウザイなーと思っていたら3人組みのバイクがやってきた。
ツー装備のアメリカンにフルカウル大型 2だったっけな。
おっさんと話すより面白そうだ。
3人は目の前5mにある槍号の横に停まったから私は席を外し、ぶらりと近寄った。
陽気な兄ちゃん達だったがいかんせん方言がきつくて所々意味不明だった(^^;
FERRARIロゴみて「うぉー」、
槍の車載カメラを見ては「どぇー」、
携帯充電機能を見ては「あぉー」、と面白がってる。
そんだけ盛り上がってくれたらこっちも楽しい(^^)
(続く)
【4日目】7月25日 (2)
彼らのうちの1人、アメリカンのライダーは今から「南下」して新潟港から北海道へ
フェリーで行く予定で残り2人はそのお見送りだそうな。確かにこの経度緯度なら
北上して青函フェリーに乗るよりも南下した方が楽だ。だから俺が北上を続けてる
ことに大変驚いていた。
ちょっと変に思ったのは彼らは「自走」と言わず「陸走(りくそう)」と言ってた。
「九州から陸走ですか!」と。
たしかに意味はあってるが「陸走」って漢字は辞書にない。(あるのは「陸送」)
「自走」の方がなんとなく的確な言葉と思うのだが・・・
まさか「陸送」って漢字の意味で言ってたのかな?
陸送:陸上を輸送すること。
これは変だ。
だからやっぱ「陸走」と言ってたんだと思う。(どうでもいいけど)
08:35 出発、なんか暑いし意外と人も多いしおっさんウザイし休んだ気がしない。
でもこれ以上ここでは体力が回復しない、冷房の効いた閉鎖空間でソファーに座って
インスタントでいいからコーヒーが飲みたい・・・
道の駅を出発したはいいがテンションは下降気味。
だらだらとした道を走る。しかもこの時間でもう暑い。。。日差しがきつい。
そんな中、ふと気づくと0.5秒ほどの「長い瞬き」をしてる自分に気がついた。
いかん!と気合を入れる。
しかしまた「ふっ」と長い瞬きをしてる自分に我に返る。
眠いのだ。体が。
やばいやばい、これがやばいのだ。
路肩にバイクを停める。
そしてこんな時のために用意しておいた薬用のカフェイン剤をエイド缶から取り出した。
コーヒースティックのような袋に4粒、四角いコーヒー色のキャンディが入ってる。
3袋入って400円ぐらいだったろうか?普通のドラッグストアで物色したものだ。
袋の説明を読むと「4粒を一気に噛み砕いて服用しろ」とのことだ。
4粒いっぺんにか?
従われるままに4粒をクチに入れてバリバリと噛んだ。
うーん・・・結構苦い、でもマズクはない、けどおいしいものでもない、飴玉の食感なの
で噛み砕くと歯の隙間にかけらがひっかかり10分ほどクチの中はコーヒー苦い感じだった。
この薬のせいか、気合のせいか、その後「長い瞬き」はおさまり、なんとか無事に1時間
を走行、暑さもさることながら道が結構気持ちよかった分助かった。
挿し絵:山形県北部の直線、車載カメラより(9:07)
http://www.koa.jp/ducati/Ferrari/Nippon4700km/sasie-07250907-tyokusen.JPG
9時半、最上川を越え、秋田県までの県境まであと20km、山形県北部酒田市に到着。
そこでやっと町らしくなった。国道沿いにモスバーガーを発見してほっとして横付けしたが
「開店10時」の看板をみて諦めて再スタート。
ここらならファミレスがあるだろう。そう思って5kmほど進むが・・・ない・・ファミレス
がない。このまま北上したらいつまた「何も無い田舎」になってしまうかわからない。
冷房の効いた場所での休憩は不可能かも知れない。
そのギャンブルは(体力的に)危険だと判断。5km戻り、先ほどのモスまで戻って駐車場
で開店時間を待つことにした。(待ってる間にGPS通知)
モスの駐車場、待ってるだけで汗が滲み出るほど暑い。
革ジャンを脱いで日陰でしゃがみこんでいた。
するとカップルが普通に店に入っていった。
え?なに?
もう一度看板を確かめると「平日が10時から」、で、「土日は9時から」だった。
今日は日曜日、なーんだ、入れるじゃん。と、10分も外で待ってたことを悔いつつも安堵
の思いで店内へ。
車載カメラの記録を見ると9:27〜11:25まで、約2時間も居座っていた。
そのうち30分は寝ていたと記憶する。
さて、秋田市内まであと100km、あと100km走ろう、今日はあと100kmで
十分だ。安全を第一優先。
モスを出ると日差しがまた強くなっている。
カーっと降り注ぐ直射日光、涼んだ体にもう汗が滲む。ヘルメットを被るのも苦行に等しい。。
しかしモスを出てからのテンションは一味違った。緊張が高まる。
そう、21年前の事故現場。それを今、この目で見てどう思うのか?そのことに自分自身が
非常に興味があった。
秋田県に入る、目の前に続くなだからかな直線を見てふと思い出した。
秋田・・・直線・・・あぁ、そうだ、20年前は地震で通れるかどうか心配だったんだ。。。
20年前、そう、1983年5月26日、秋田地震。
※
秋田沖地震ではなくて日本海中部地震と奇妙な名を付けられた地震。(注1)
昭和58年5月26日、11時59分57.5秒(気象庁発表)
特徴は「津波により甚大な被害」である。
秋田県能代市沖約100?の海底で発生、マグニチュード7.7を記録
(阪神淡路大震災でマグニチュード7.3(ただし震源の深さは16km))
秋田、深浦、むつで震度5(強震)
この地震で、秋田県では83人が死亡(うち、津波による死者79人)
被害総額、実に1,482億3、827万余円の大震災だった。
注1:地震の「名前」についてはかなりの政治的背景がある。記憶に新しい阪神の大地震も
その正式名称「阪神淡路大震災」が決定したのは震災から何日もあとのことだ。
名称が決まるには大変な政治的「せめぎ合い」があり、名称には2つの意図がある。
1つはA県、B県、2県にまたがる地震で一方の県の名称で「A地震」とした場合、B県は
被害の注目度が落ち、いろいろな補助(簡単に言うと復旧資金)で損をする名称。
もう1つはその逆で観光地などのイメージダウンにならないようにその地方の名称をあえて
付けられたくない場合。である。例えば「長崎大地震」と呼称するだけで長崎へ観光に訪れる
人が減るのだ。
秋田沖地震も普通に「秋田沖地震」でよかったのだが被害は秋田県だけではないので
「日本海中部地震」なんて「それどこなん?」とよくわからない名称になった。
ちゃんと言うなら「日本海中部東地震」の方がまだ震源地としては正確だ。
※
私が21歳の時、その日本海中部地震から3ヶ月後に縦断をスタートしたわけだが連日この
地震のニュースで騒がしい時期だった。
秋田は無事抜けれるのかな・・・そう思ってた記憶がある。
そして今、目の前の道路を見ながら21年前の情景が思い出された。
1枚の写真が脳裏に浮かんだ。
そうだ・・・21年前、ここは地震のせいで道がウネウネと起伏してて、「おぉ、これが地震
の爪跡かぁ、」と思わず写真を撮ったんだ。
流れる風景は記憶の中でも霞んでゆく、しかし「パシャ」とシャッターを切った瞬間の情景は
その他の記憶よりも刷り込まれる。あとで現像した写真を見直すことでなおさら「その時のこと」
は記憶に残るものなんだ。
2004年10月3日、今この原稿を書くにあたり、古いアルバムを押入れの中からひっぱり出して
みた。「縦断」と書かれた背表紙のアルバムが2冊ある。パラパラとめくると・・あった。
確かにあった。21年前の7号線、地震で波打った7号線の写真があった。
挿し絵:1983年、8月?日、秋田県、コダックインスタントカメラで撮影。
http://www.koa.jp/ducati/Ferrari/Nippon4700km/sasie-1983akita.jpg
セピア色までは色あせてはなかったが記憶に残る1枚である。
一度アルバムを開くと当然ついつい見入ってしまう。
21歳の俺がいっぱいいた。荷物をクソ満載してクソかっこ悪いサングラスしてクソ重いバイク
で走ってる。雨の中や寒かったんだろう、白い風邪用のマスクをして写ってる写真もあった・・
遠い遠い日のことだった気もするし、ちょっと前だったような気もする。
この写真を撮ったあとだよな・・・事故ったのは・・・
※
事故現場は見たら気づくだろうか?
複雑な思いの中、アクセルの開度をいつもの7割に押さえる自分がいた。
(続く)
(以降、4日目はあと1アップで終了予定(執筆中)、アップは未定。
なんとかページ落ち前にアップできましたm( )m
しかし本州も終盤となり、ツリーが大きくなったので「5日目」
からは新規発言とします。)
END
【4日目】7月25日 (3)
21年前、秋田直前での事故、それは私のバイクが車に追突をした事故だった。
原因は集中力の欠乏だ。
そのシーンは今でも鮮明に覚えている・・・・・
まっすぐな道だった・・・・時刻は・・・昼・・・か昼すぎだな。
昼の割には結構交通量が多かった。
片側2車線、反対車線も2車線だったと思う。
・・・広めで・・・・・場所もそんなにド田舎の風景ではなかった。。。
たぶん秋田市内まで2〜30kmの地点じゃないだろうか?・・・・
普通に走っていた。速度は60km/hぐらいだろう、右側の車線を走っていた。
そして目の前に車がいるのは早くからわかっていたんだ。
ただその車が「停車している」ことに気づくのが一瞬遅れたんだ。
ブレーキランプが点灯していない、ウィンカーだけ点滅して止まってる。
ぼーっとした目で走っていたからわからなかったんだ。
「あ!この車停まってるんかよ!」
こっちは時速60km/h、その真正面に「右折車」が停まっている。
信号もなにもない直線で「右折」しようと停車してる車がいる。
ぶつかる!
フルブーレーキング開始。
その1秒後、「あー、よかった、止まれた」と思ったんだ。
体感でわかる。障害物までの目測の距離とマイナスGの感覚で「衝突前に止まれる距離だ」と
安心したんだ。一瞬は。
だが私のバイクは停まらなかった。
リアが滑る。制動力がつかない・・・
え?え?え?止まらないの?バイクの向きを変えなければ!
そこから私のできる限りの反応でバイクを左に倒していったがもう車とは数メートル。
間にあわない。
横Vツインの特徴である斜め上方に出っ張った右シリンダーを囲んでいるエンジンガードと
車の左後ろの角が「ガン!」と音を立ててぶつかった。
その反動で私は左車線のガードレール付近まで飛ばされる。
いや、こけてはないんだ。
奇跡的にバイクにまたがったままガードレール方向にもって行かれた。
ガードレールに近づくまで、私は右足をぶらぶらさせて
「いってぇー!」と声をあげた。
右足首のちょっと上あたりが車に接触したようだ。
ガードレールにもたれかかるようにようにしてバイクは停車。
車からおっさんが降りてくる。
さほど高級車ではなかったが買ってまもない車だったらしく大変な怒り様。
警察を呼ぶぞ!
どうしようもない、俺も見知らぬ地、呼んでもらった方がいい。
警察が来る間におっさんの怒りも少々おさまってくれた。
俺は俺で「この人どこ曲がってたんだろ?」と見回すと直線と思っていた道路は
反対車線に小さな路地?みたいのがあってそこに入ろうとしていたのがわかった。
ジモチー(地元民)か・・・ジモチーはあっと驚くところで曲がるからなぁ・・・
車の傷は・・・バンパーの上の部分がエンジンガードの形に綺麗にえぐれていた。
ぞっとした。
エンジンガードがなかったらいわゆる「足首粉砕骨折」だったことだろう。。。
バイクの被害は?・・・・なにも無い・・自走可能。つえーバイクだ・・・
警察が検証する。
「ブレーキ痕が30m(注1)もあったよ!」と言っていた。
(注.1 30mか20mかよく覚えてないけど「○mもあったよ!」と言われたのは
覚えている)
そう、そう言われて思い出した。
ブレーキをかけた瞬間、俺は「止まれる」と安心したんだ。
なのに止まらなかった。。。
路面はドライだったし砂が浮いてる気配もなかった・・・
タイヤの磨耗、そして、6、70kgぐらいある荷物のせいだ。
それが原因と思った。いつもの感覚、いつもの制動距離では止まれなかったのだ。
それともう1つ教訓を得た。
この教訓を20年後に書いている。
二輪魂「第二十七輪 公道危険区域」より
>18)オカマ防止
>信号待ちで停まっているとき。もしあなたの後ろに誰もいなくて遠くから1台のトラックが
>近づいて来てた場合。すかさずブレーキランプをパカパカ点滅させよう。
>もしかしたら居眠り運転の運転手が追突前に気づいてくれるかも知れない。
>危険な可能性がある限り、そしてそれを避けれる可能性がある限り、試して損はない。
このことだ。
つまり追突した私からしてみれば集中力を欠いてる人間は前方の車が止まってるか、走っている
のか一瞬の判断が遅れることがあり、もし今回のケースで車のブレーキランプが点灯していたら
もしかしたら気が付いていたかも知れない。いや、それ以上にブレーキランプが点滅していたら
きっと気が付いていたかも知れない。
と、加害者の立場で考えた。それを「オカマ防止」と言う形で私は今でも実践してます。
停車中でブレーキを握りっぱなし、または、ノンブレーキよりは、手動でON/OFFして
点滅をさせる。一つの安全テクです。視覚的に絶対早く後方車に気づかれます。
※
事故処理で1時間ほど時間を費やし、示談で済ませ、縦断後に請求書が送られ、指定された
口座に振り込んだことを覚えてる。10万円ぐらいだったと思う。親に内緒でなんとか払った。
まさか事故ったなんて言えやしない・・だいたい「船で行く」と言ってでかけたのだし・・。
10万ぐらいだったかな・・・今考えれば優しいおじさんだったんだなぁ・・
※(時は現代へ)
非常警戒態勢! 警戒レベルMAX! 敵索センサー出力最大!
ヘルメットの中で緊張の号令が飛び交う。
今度こそはノーミス縦断!
気合は入れるがアクセルはいつもの7割開度、しかし
自分のもってる危険予測能力は全開にして挑む。
すべての罠、すべての攻撃、すべての「たぶん」を排除し挑む。
バイク歴24年の全ての公道経験を搾り出せ!思い出せ!出し尽くせ。
20年前より俺は成長した。したんだ。
あの時よりうんと「なにが危険か」知っている。
奥歯をぎゅっとかみしめて走った。
自分の視界がターミネータービューのようになる。
全ての攻撃に備える。アムロ流に言うなら「見える!」って奴だ。
軽自動車攻撃
工事中攻撃
排ガス攻撃
半ドア攻撃
トラック攻撃
自転車攻撃
ガキ飛び出し攻撃
ウィンカーなし攻撃
ジモチー攻撃
強風攻撃
落下物攻撃
動物攻撃、動物死骸攻撃の波状攻撃、
虫攻撃
信号待ちいらいらさせ攻撃
右直攻撃
ポイ捨て攻撃
ヤンキー攻撃
・
・
1つ1つの攻撃を頭で呼称しながら走った。時には声にだして。
きたきた!そうきたか!甘いわ!かすりもせんわ!
おっとぉ!次は原付攻撃!しかもババアオウェポン搭載か!あなどれん!しかし間合いが甘いわ!
おー!ボスキャラか!ベンツ攻撃か!距離を保て!近づくな!
うーん・・・兵糧攻め(工事中片側通行信号待ち)とはこしゃくな・・・
ふん!しかしそんな精神攻撃が俺に効くか!1時間でも2時間でも俺はこのまま待ち続けるぜ!
マジでそこまで一瞬一瞬に集中して走った。
眠気を跳ね除ける方法でもあったがこの実況は「無事に秋田に入りたい」その思い一心だった。
12:30・・モスを出て1時間後、
21年前のその事故った場所は見つからないまま秋田市内へ入っていた。
見つかったらそこで写真を撮るつもりだったのだが「ん?ここかな?」と思い当たるような
風景さえなかった。たぶん「一生懸命」走っていたから見落としたんだと思った。今でも覚えてる
あの事故現場周辺を忘れるはずが無い・・・
13時、恋焦がれたファミレスの中でドリンクバーに幸せを感じながらminiPCで秋田市内の
ビジネスホテルを検索、チェックイン15時、朝食バイキング付きで5000円のホテルを発見。
14時半にファミレスを出て5分ほど走ってチェックイン。バイク客にも優しい応対のビジネス
ホテルだった。
ジャージに着替えてコンビニに出かけ、夕飯まで買い込む。今夜ももう何処にも出たくない。
シャワーを浴びる。
17時半、寝る。
20時半、おきる。
メシを食う。
22時ごろ寝た。
鬼門、秋田、無事通過、しかしあと10日も「無事」でいなければならない・・・
まぁいい、今日はここまで・・・今日はここまで・・・今日はこれで十分。。。。Zzzzz。
5日目:7月26日 青函フェリーと雷と停電の夜 へ続く。