二輪魂

遙かなる高みを目指し、もがき苦しみながら
Monsterを走らせ続ける男の挽歌

最終章(1)(2)

□コメント
タチゴケ寸前。関門橋、21年前の忘れ物。

□本文
最終章(1)

『13日目 :8月03日 21年前の忘れもの』

 注)最終日のレポートには写真が2枚だけ登場します。
   しかしこれはその時のリアルタイム写真ではありません。
   どちらも挿絵としての写真です。

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 21年前の忘れ物。。。。。。。。。

 その「忘れ物」に気がついたのは今日と同じ旅の最終日だった。21年前の。

 その時はそれほど気にはしていなかった。
 しかし時が経つにつれ、だんだんと後悔の念に包まれた。どう考えても二度と取り
 戻せない忘れ物。
 
 何故? 何故俺はあの時忘れたんだろう?

 いや、違う、正確には忘れてはいなかったんだ、ただ、結果的にそうしなかったか
 ら忘れ物になってしまったんだ。

 何故? 何故俺はあの時そうしなかったんだろう?

 21年間、そのことに悩まされることは無かったがふと思い出す度に「何故?どう
 して?」と思うことは何度もあった。

 浜田道を順調に快走する。
 そして思う。

 「取り返してやる」と。

 浜田道終端、千代田ジャンクション、中国自動車道に合流。西へ。

 『 忘れ物まであと209km 』



 私が大学生だったころ、先輩から「おまえには羞恥心がないのか?」と言われたこ
 とがある。まぁそりゃそうだ。真夏のピーカンに晴れた日にダボダボのコートを着
 て白いマスクをして大きな黒いこうもり傘をさしてキャンパスを歩いてた。もちろ
 ん「ウケ」狙いである。
 クリスマスパーティでは女装もしたし洗面器を改造してシャア(アズナブル)にも
 なった。夏にはドラゴン花火を頭に装着できるアタッチメントを開発して頭から火
 花を1m以上吹き上げながら夜の駐車場を全力疾走。(止まってると火花が落ちて
 きて熱いから)。徹夜で40kmを歩くイベントの時はゴミ袋に頭と腕を通せる穴
 を開けてパンツ1枚にそのゴミ袋を被って40kmを踏破した。これも当然ウケ狙
 い。そうそう、福岡の一番の繁華街の交差点を逆立ちで走り抜けたり、中央分離帯
 の芝生でたこ焼きピクニックなんてもしたなぁ・・
 古い友人に聞けばもっともっといっぱい「お馬鹿」な話は出るだろう。

 なにも「学生だったから」ってことじゃない。
 社会人になっても会社のソフトボール大会ではシュワルツネッガーよろしく軍用ブ
 ーツに迷彩服、カモフラのバンダナを頭に巻いて胸元のハーネスには手榴弾(もち
 ろんおもちゃ)をぶら下げて出かけたものだ。当然サングラスはターミネーターの
 カーゴイルハーフミラー仕様(本物)。しかしその時は駐車場から球場に向かう道
 がわからず、車から降りて木陰から双眼鏡で会社の人間を探していてもう少しで警
 備員に呼び止られるところだった。(怪しいって!)

 浴衣を着て初代400ccのCXで温泉街の国道を走ったこともあるし、背広を買った
 時には無料のネーム刺繍で自分の名前でなく「お得意さんの会社名」を入れて接待
 飲み会で
 「私がどれほどお客さんのことを思っているのか証拠をお見せしましょう!」
 と、胸元を開いてオオウケ。一発ギャグのために自分の背広まで利用した。

 そんなこの俺が、何故あの21年前に・・・・しなかった?出来なかった?

 『 山口IC通過 忘れ物まであと72.7km 』

 羞恥心はあるさ、俺だって。
 でも羞恥心のカテゴリーと言うかクラスと言うか、それが人と違うだけだ。
 出来る範囲のことで出来るならそれは実行可能なことだからハードルなんてそん
 なに高いものじゃない。

 でも「絶対出来ること」には興味はない。
 「出来るかな?・・・たぶん出来るだろうけど・・・」と、少しの不安があった
 方がヤリガイがあるってものだ。この日本縦断だってそうだ。

 42歳で、ドカで、セパハンで、下道で、野宿で、最北端まで行き、かつ北海道
 の全国道を走る、無事帰還する、ノートラブルで帰還する。

 考えて見れば21年前より随分と「足枷(しばり)」が多い。
 でも21年前は「下道で最北端まで行く」たったそれだけが自分の不安の(実力
 の?)限界だった。そしてなんとか成し遂げた。秋田で追突した失態はあったが
 なんとか出来た。

 だから今回はそれ以上の「たぶん出来るだろう」を目指さないと満足しない。
 そもそも、自分の限界を紙一重でもいいから超えた目標を持たないとなんら成長も
 得る物もないだろう?

 ツーリングに何を求める?

 私は「実績」かも知れない。「経験」よりちょっと重みのある単語だ。
 「自己の成長」とかそんなんどうでもいい。それは後付けで付いてくるものだ。
 このレポートの冒頭に書いたけど、トランプでピラミッドを作るその過程1つ1つ
 の積み重ねの結果を手にしたい。ピラミッドを完成させたい、見たい、そんな単純
 な気持ちでもある。

 だから歳を取ってるだけのハンディだけで21年前と同じ目標(下道縦断)だけで
 は得る物は少ない。それでは面白くない。インパクトがない。なによりも「自分自
 身が納得しない」。

 だから、「出来ると思うけど・・・出来るかな?」レベルの目標がないとツーリン
 グに満足しないんだ。25年も乗ってれば普通のツーじゃ物足りないさね。


 『 美祢IC通過  忘れ物まであと41.9km 』


 冒険は楽しい。それは非日常だから、と言う単純な本能だろう。人間の本能か男の
 本能かわからないが日常はあまりにも「生きる」以外の事象(イベントやしがらみ)
 が多すぎる。

 変な話だが大地震が来たとしよう。
 そりゃー地獄のような惨事となるだろう。

 けど私はちょっとだけそれを期待している。もちろん家族も犬も無事であってこそ
 の甘い期待であるがもし大地震が来て家が潰れ、命が無事であればもうその日から
 私は冒険気分である。
 なんせ「生きるためにしか時間を使わない、使えない」これって非日常でしか味わ
 えないことだからだ。

 衣食住の全てに苦労する、と言うか「衣食住のためだけに」苦労する。これが人間
 の存在理由、根本ではないだろうか?
 女房にそんな話をすると「私は絶対だめ、そんなんならいっそ地震が来た時に潰れ
 て死んだ方がいい」と言った。ちょっとびっくりした、まるで私と正反対。よくこ
 れで17年もいっしょにいたな、と思ったほどだ。
 地震が来たらいっしょに生きていけないのかなぁ(それは寂しいなぁ。)・・・

(続く)

最終章(2)

 太平洋単独ヨット横断、冬季チョモランマ無酸素登頂、北極点単独到達。

 どれも立派で誰もが認める「冒険」だろう。しかしその冒険は実績を積んだ人間が
 「たぶん出来るだろう、いや、出来るさ、きっと・・」のギリギリの線に挑戦して
 いるだけで決して「無謀」ではない。膨大な時間、綿密なシミュレーションもして
 いる。

 私にも彼らと同じ冒険心(ぼうけんごころ)がある。それだけは間違いないし失い
 たくない。


 『 美祢西IC通過 忘れ物まであと28.4km 』


 この旅が終わったら、私は1mmか1ドットか、ほんの少しだけ実力が上乗せされ
 る。そしたら『次』はどうする?
 下道日本「往復」ですか?

 うーん・・・・それを考えると今は「ちょっと無理、勘弁」と答えるだろう、体力
 や費用もさることながら「時間」と言う現実的壁がある。
 今回が12泊13日だから下道往復のシミュレーションをすれば余裕を持って最低
 20泊は必要だ。
 しかし、・・・・5年毎に頂けるリフレッシュ休暇と夏休みを合体させて公休も数
 日繋げてさらに私が会社で「重要でないポジション」なら行けるかも知れない。
 はたまたいつか退職したあとならなんとか出来るかも知れない。
 無職でツーリングしてる奴を軽蔑しているから無職状態は避けたいが・・・

 と、「もしからしたら出来るかも知れない」ギリギリの線だからもしかしたらいつ
 か挑戦することになるのかも知れない。
 そうそう、そんな妄想より「全国の国道制覇」が残ってる。
 出来るかな?たぶん出来ると思うのだが・・・これもギリギリ。だから面白いし目
 標になりえるってもんだ。


 『 小月IC通過 忘れ物まであと15.5km 』


 忘れ物。。。。。。。正確に言えば「やり残したこと」である。

 21年前、私は『躊躇(ちゅうちょ)』した。
 何故思い留まったかは定かではない。
 でもそんなことはどうでもいい。
 『しなかった』だけが結果として残り、後悔となった。

 これを取り戻すことは不可能だった。
 時間は戻らない。
 その瞬間でしか出来なかったことをしなかった。
 一番後悔しているのは、

 『出来るのにしなかった』

 これにつきる。


 あと10km、
 あと7km、
 あと3km、
 あと1km、

 できるか?出来るさ!
 今度はしようね!
 絶対しようね!
 何がなんでもしようね!絶対だぞ!ぜったい!
 21年前を取り戻すんだ!
 あの後悔を打ち消せ!今打ち消せ!

 心の中で復唱する、言い聞かせる。 

 忘れ物まであと500m。
 
 見えた! 来た! 関門海峡! そして関門橋!
http://www.koa.jp/ducati/Ferrari/Nippon4700km/040803up/last.jpg

 1973年(昭和48年)に完成した当時世界一の長さを誇る1068mの吊り橋。
 忘れ物を取り返すのはこの橋の上。
 1068mの前後20%は私にとっては意味が無い。
 つまり実質640.8m、ゆっくり時速70kmで走る抜けるとして忘れ物を
 取り戻すチャンスは計算上32.95秒の間。

 13日間、312時間、
 4700km、470万メートルものツーリングでたったこの「640m」、
 たったこの「33秒」がラストチャンス。
 
 橋にかかった!
 橋に乗った!
 海が見える!
 九州が見える!
 心配された横風は無い!
 時速70kmキープ!
 後方車両なし!

 よし! いける!
 
 
 『よっしゃあぁーーー!!』


 私は左手を天高く突き上げた。
 日本縦断のフィナーレ。
 
 『 勝利のガッツポーズ 』




 それが21年前の忘れ物。




 本州と九州を繋ぐ海の上、
 旅のエンディングにもっともふさわしいこの場所で、
 21年前、
 私はガッツポーズを「したかった」のだ。
 けど「しなかった」。

 ちょうど回りに車がいて、
 何故かちょっとだけ恥ずかしかった。
 この俺が何故か「恥ずかしかった」。
 たったそれだけの理由で「しなかった」。
 何故?嘘だろ?俺が?

 30秒、あっという間に橋を通り越してしまった。
 凄く後悔した。

 それが21年前の忘れ物。

 その後の21年の間、バイクで何度もこの関門橋は渡ったさ。
 その度に「あの時しなかった」ことを思い出す。

 日帰りツーリングの中でこの橋の上であの時の「やりなおし」ガッツポーズを
 したとしてもそれは「取り返した」ことにならない。
 4000km以上走ったそのエンディングだけに許される、その時だけにしか
 意味がないガッツポーズを違う用件で走った時に再現しても全く意味が無い。

 だから忘れ物を取り返すにはもう一度縦断して、もう一度無事にこの橋を渡る
 しかなかったんだ。

 トランプを積み重ね、その最後の頂上の三角形を作ったあとでしか意味が無い
 ガッツポーズ。何度でも言う、それを取り返すにはもう一度「下道日本縦断」
 を無事成功させるしかなかったのだ。

 ガッツポーズをし終えた。
 回りの車?そんなん関係ない。
 あ!そうだ、今のガッツポーズは21年前のガッツポーズだ。
 そう思って私は今一度「今回の縦断の」ガッツポーズをした。

 1回目より拳(こぶし)1つ分高くガッツポーズをした。

 最後の最後のイベントがこれで終わった。

 旅をする前から思っていた。
 今度こそ、今度こそ、今度こそ。と。

 その思いを遂げた。
 もうこの橋を渡る時に後悔の念はない。
 21年前の21歳のしょーもない自分だけの忘れ物。
 この話は誰にも話したことはなかった。
 他人にこの気持ちはわからない。
 そしてこの今の42歳の自分が取り返した。
 この満足感、達成感も他人にはわからない。



 2004年8月3日 15時20分 自宅到着。

 「第2回」下道日本縦断ツーリング。

 12泊13日.
 95'DUCATI Monster F904desmoDue LongRangeTripper仕様.
 総走行距離4709km. 
 狩ったおにぎり56個. 道内おにぎり完全制覇.
 ノークラッシュ、ノートラブル、ノーポリス.


http://www.koa.jp/ducati/Ferrari/Nippon4700km/040803up/last2.jpg



            『 完 』 
  
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 いや、私のバイクライフは『 To bee continued 』 か?

 (「下道往復」するつもりかよ!(笑))